東京高等裁判所 昭和58年(ネ)207号 判決
次に、抗弁2(表見代理)については、控訴人は、訴外高島に対して、群馬県新田郡藪塚本町大字藪塚字西野二四七五番、畑六三四平方メートル外一筆の土地の所有名義書き替えの手続を委任して、白紙委任状及び印鑑登録証明書を交付し右印鑑登録にかかる印章を右の目的のために使用することを許諾したのであり、また、それが何を指すものであるかは明確ではないものの、訴外高島が控訴人の所有地に事務所を建築するについて控訴人として必要な手続をとることを委任して、再度、印鑑登録証明書及び白紙委任状を交付したのであるから、控訴人が訴外高島に対して少なくとも右土地の所有名義変更のための登記申請及びその他右事務所の建築に関するなんらかの代理権を授与したことは明らかであり、訴外高島に授与されたこのような権限も、一応民法第一一〇条の規定を適用する前提として必要ないわゆる基本代理権に当たるものということができる。
さらに、控訴人は、訴外高島に対して、右のとおり、印鑑登録証明書を交付し、印鑑登録にかかる印章の使用を許諾して、その保管を訴外高島と同居していた訴外藤生純子に委ねたのであるから、その使用目的を限定したとはいえ、右印章を使用してなんらかの代理権を表示する書面が作成、使用されることの可能性が予想されるべきである以上、訴外高島が右印章を押捺して前記の根抵当権設定契約証書及び委任状の作成を了し、これらとともに右印鑑登録証明書を訴外関端を介して被控訴人に交付されたことにより、控訴人は、被控訴人に対する関係においては、訴外高島に対して本件根抵当権設定契約を締結する代理権を授与したことを表示したことになるものということができる。
そこで、控訴人の再抗弁について考究するに、本件根抵当権設定契約は、債務者を訴外関端とするものであって、形式上は、本件不動産の所有者である控訴人に対してはもとより、代理人として行動している訴外高島に対してさえ、なんら利益をもたらすものではないこと、被控訴人が本件根抵当権設定契約の締結に際して訴外関端に融資したのは五〇〇万円に過ぎないのに、本件根抵当権設定契約は、被控訴人の訴外関端に対する信用組合取引上の債権及び手形・小切手債権を被担保債権とし、極度額を一、五〇〇万円とする負担の大きいものであること、本件不動産は、控訴人の居宅の敷地及び広大な農地を含むこと、それにもかかわらず、控訴人が訴外関端のために本件根抵当権設定契約を締結するというのであれば、控訴人と訴外関端との間になんらかの特別の関係があると考えるのが通常であるのに、両者の間にはそのような特別の関係はなく、この点について訴外関端その他の関係者が被控訴人に対して首肯しうべき事情の説明がなされた形跡もないこと、被控訴人と控訴人との間においては従前なんらの取引関係もなく、互いに面識さえもなかったこと、被控訴人は、訴外高島が本件不動産について根抵当権の設定を含む処分を委任されていることを窺わせる的確な本件不動産の登記済証を訴外高島から呈示されたことはなく、本件根抵当権設定登記の申請をするについても、申請書に登記済証に代えての保証書を添付してされたことなど、本件根抵当権設定契約の内容及び右契約締結に際しての諸事情からすれば、金融機関である被控訴人としては、訴外関端を介して前記根抵当権設定契約証書及び委任状並びに印鑑登録証明書を交付されたことのみであって、他に訴外高島が本件根抵当権設定契約を締結する権限を有するものと信頼するに足りる格別の事情もなかったのであるから、訴外高島の権限に疑念を持って然るべきであって、金融取引の通念上、本件不動産の所有者である控訴人に対して直接照会するなどしてその意思を調査、確認すべきであり、かつ、容易にそうすることができるにもかかわらず、被控訴人は、先に説示したとおり、これを怠ったばかりか、訴外高島とも面談すらすることがなかったのであるから、訴外高島に本件根抵当権設定契約を締結する権限があると信じたとしても、そこには過失があり、正当の理由があるものということはできない。
したがって、被控訴人の抗弁2(表見代理)も、理由がない。
(香川 越山 村上)